交響詩篇エウレカセブン 49話、最終回50話。

交響詩篇エウレカセブン 1 UMDスペシャルパック (DVD + UMD Video)理解の範疇を大幅に超える話でした…。
鑑賞後、たっぷり30分は放心しました。だってアレ、惑星に刻まれたハート囲みのレントンエウレカの文字…って地球のどっからでも見えるの?しかもカタカナかよ。見事なボーイ・ミーツ・ガール、まさに青春の足あとだね…!石破ラブラブ天驚拳並みのびっくり技です。いやでも、ハッピーエンドなんだよね。たぶん。


「ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん」や「アーイ・キャーン・フラーイ!」といった初期のキーワード、おニューのジャージ(あれジャージ?)、レントンの掌にあるエンゲージリングの片割れといった小道具の使いかたは好きです。1年間のエピソードと結びつける安易な方法かもしれないけど、最終回らしくて良かったです。


でも、ゲッコー号の腹部をブチ破って新生ニルヴァーシュ登場(誕生)→飛び立ちを「巣立ったんだよ」とさらりと言うところには何だか違和感がありました。何度巣立つんだ、あの子は。あと、ゴン爺が言ってた「別宇宙」のことも。同じ次元じゃないようですが…それ共存って言うの?


     *
・* 折りたたみ *・
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あと「父を超える英雄になった」という言葉があったけど、もともとアドロックさんの扱いって周囲と身内でかなり温度差のあるものだったので「英雄」という言葉はできれば使って欲しくなかったです。今回は、待ってるひとたちが少なからず希望を持っているからいいけどさ。


最後まで分らなかったのはデューイです。一番気になったのは

「そんなに死にたきゃひとりで死にやがれ!」
「悪いが私は寂しがりやなのでね」

ここかなあ。
デューイは世界を呪っていた事はわかる(ような気がする)けど、生きている意味が無いというなら贖罪をする必要もないんじゃないでしょうか。ひととしての尊厳、星の尊厳…そんなものはデューイの妄想の中にしかなくて、スカブコーラルに飲み込まれても星は活動し続けて来たし、人間も(病んでるひともいるけど)生きてきたのに。


「業」として魂魄ドライブと体内に埋め込むことで世界とひと一人の命がリンクするってのは…最も確実でえげつない世界の破壊方法だけど、ズルいですよその設定。


やー…どうも彼の話は唐突すぎて(あと鬼畜すぎて/笑)理解できないひとってイメージがあったけど、アゲハ隊の子たちはちゃんとデューイを慕っていたのだから、その辺のドラマが見たかったです。アネモネもそうだけど、フツーに見ててあんな男に懐くのは何かを打たれているとしか思えないので(…)。


てゆうか こういうオリジナリティ溢れる思想で、かつそれを自分ひとりで貫けるような心持ちのひとは、どっちかって言うと軍の幹部じゃなくてテロリスト側で活動した方が面白かったと思うな。


世界を救った少年少女の方は…もう、何て言っていいかわかんない。良い悪いじゃなくて、その仕掛けがよくわからなかったので。レントンエウレカの想い合うことでニルヴァーシュが「悟り」を開けるようになった…っていうのが。ニルヴァーシュって、人間とスカブコーラルをつなぐための装置で、中立の立場だと思っていたけど違うのかな。


…それにしても、ゲッコーステイトの面々がコーラリアンに監視されていたこと、最終的には彼らが「共存方法」を判断して移動したことも含めて、人間よりもスカブコーラルの方が上位な気がするのは気のせい?


ところで、エウレカの取り込まれた樹(スカブ/司令クラスタの代替物?)と核が砕ける時の桜のビジュアルは第4期OPの sakura / NIRGILISにちなんでいるのでしょうか。となると惑星に刻まれた落書きがハート囲みなのは 少年ハート / HOME MADE 家族?で、1年後のジイちゃんと子どもたちの生活・日常が DAYS / FLOWとか。こじつけも良いところですが。あれ、太陽の真ん中へ / Bivattcheeはどこ行った…?


すっかり毒が抜けてるアネモネ、ドミニクとお幸せに。
エウレカを羨んでいましたが、アネモネのこともドミニクのことも仲間だ、助けてやってくれって言ってくれた おじさんやおねーさん達がすぐ側にいるんですよね。別にそれを有り難く思えって言うわけじゃなくて、直接的な愛しか見えてないアネモネの現状が幸せすぎて可愛いと思った。そこが一番泣けた。


リンク・メーテル・モーリスはレントンのジイちゃんとも家族に。
この子ら全員が最終回放送予定日である今日、4月2日生まれなのはスタッフさんのお遊びでしょうか。でもジイちゃん、3人いっぺんに誕生日だとお祝いが大変そう…レントンエウレカは早く帰ってあげるように(笑)。


1年間お疲れさまでした。